唐木俊介の雑感配信ブログ

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大丸

投稿日:

 

 

 

 

 

 

先日アップしたこちらの写真、イルミネーションが施された御堂筋の並木、その上に燦然と輝くは大丸百貨店の看板。通りの雰囲気からはクリスマスが連想されるのですが、そういった「洋」のイメージの中で、動じることなく歴史ある「和」の佇まいを魅せる大丸百貨店なのであります。

 

 

僕はふと思いました・・・あの屋上の看板の「大丸」ってのは、なんか大きいなと。その日初めて通ったわけではないのに、なぜか妙に気になり、何度も見てしまいました。御堂筋のアップルストアの辺から何度も。ちょっと離れているし、あれって、実際に目の前で見たらどのくらいの・・・。歩きながら思うのであります。御堂筋線に揺られ、その後新大阪で新幹線に乗り換える時も、まだ考えている・・・。

 

 

 

 

「大丸の丸は大きい」

 

 

 

 

・・・うむ。あれが小さかったらそれは小丸百貨店なわけで、大丸の丸は大きくなければならない・・・。

 

 

 

 

じゃあ一体どのくらい大きいのか。

 

 

 

 

大丸の大丸はどのくらい大丸なのか・・・。

 

 

 

 

なんだかリンカーンのゲティスバーグ演説みたいだ・・・。大丸の大丸による大丸のためのd(以下略)。

 

 

 

はて・・・どうしよう。知りたい。

 

 

 

こんな時どうする。探偵ナイトスクープに投稿するのか、いや、聞けばいい。

 

 

 

 

というわけで、翌朝聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

送信ボタンを押す時に少し躊躇うの巻。・・・俺は一体何を聞いているんだ・・・。

 

 

 

「大丸の丸はどのくらい大きいのか教えてください。」

 

 

 

なんなんだこの問いは。こんな質問をしても、相手にされないに決まっているじゃないか。

 

 

 

がしかし、知りたいのであーる。ポチ。

 

 

 

 

 

するとなんと数時間後に、返ってきた・・・。

 

 

大丸百貨店のPR担当者様から返信メールが届いたのであります。

 

 

 

唐木 俊介 様

いつも大丸心斎橋店をご愛顧賜り誠にありがとうございます。お問合せいただきました看板につきまして、ご返答申し上げます。

南館屋上看板のサイズは外側の直径が8.6mでございます。3面設置されています。

現在本館は建替え中でございますが、2019年の秋ごろ完成予定でございます。ホテル日航大阪様の前あたりから南に見上げる場所が、大のマークを一番美しく見える場所かと存じます。また、御堂筋西側のハートンホテル様の道路から見上げていただきますと、3面ございます事をご確認いただけると存じます。

どうぞこれからも大丸心斎橋店をご愛顧いただきますようお願い申し上げます。

 

大丸・大阪心斎橋店
PR広報担当 長谷川眞之(まさゆき)

(メール内容、また氏名の記載は長谷川様にご了承いただきました)

 

 

 

 

「・・・。」

 

 

 

感無量。大丸心斎橋店の長谷川様、本当にありがとうございます。

 

 

 

そしてなんと・・・

 

 

 

8.6m・・・!!!

 

 

 

外側の直径8.6メートル・・・やはり大きい。身長180cmの僕を4体並べてもまだ140cm余るという大きさ。

 

 

 

こうして、大丸の大丸がその名の通り大丸であるという紛れもない事実が判明したのであります。また日航大阪の前から南に見上げる場所が「大丸」を一番美しく見ることができるという情報まで頂いて、これが所謂「神対応」かと止まぬ感激に浸っているのであります。とにかく嬉しくて、僕はすぐにお礼のメールを拝呈しました。

 

 

 

すると翌日、

 

大丸の看板にご興味をお持ちいただき有難うございます。

 

補足させていただきますと、大丸の業祖である「下村彦右衛門兼雄(法名・正啓、正啓は晩年の号でそのまま法名にしたそうです)」は、祖父からの家業である古着屋(大文字屋)を1706年(宝永3年)に引き継ぎました。大丸は、正啓が京都伏見に呉服店を開きました1717年(享保2年)を創業年としています。お蔭様で本年は、創業300年を迎えさせていただきました。大阪心斎橋に店を開きましたのは1726年(享保11年)でございます。

大丸の商標の起りについては、大阪商業史資料第九巻に「下村家の始祖は(中略)店を開くに何かしるしなからざるべからずとて、色々その商標を案ずれども、一向よい思ひ付きも浮かばざりしに、或る時、主人が一室に横臥し、ふと壁に張りたる柱暦を見て、忽ちハタと手を打ち、〇の中に大と小、こいつは何でも大に越すことなしとて、すぐ様、商標をつくりたるなりとぞ。」とあるそうです。(手持ちの資料から引用しております。資料現物は見ておりません)

大丸で古くから伝えているのは、「〇は宇宙を示し、大は一と人を組み合わせた字であるから、天下第一の商人という意味をもっていて、業祖正啓の発案により、その決意を象徴したものである」といわれています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

大丸・大阪心斎橋店
PR広報担当 長谷川眞之(まさゆき)

 

 

という貴重なディティールをお送りくださり、もう端から字を食べるように読んだのであります。長谷川様、本当にありがとうございます。・・・大丸は今年で創業300周年、創業年の1717年といえば「暴れん坊将軍」徳川吉宗の時代です・・・嗚呼なんという長い歴史。アップルストアで眺めた大丸の看板がこんな知見の扉になるとは思ってもみませんでした。

 

 

 

ところで「主人が一室に・・・」の部分、「柱暦」とは江戸時代のカレンダーのこと。当時は大小暦という、大の月が何月と何月、小の月が何月と何月、と単に大小の月が書かれたものがカレンダーとして使用されていたそうです。主人=下村彦右衛門さんが寝転んでカレンダーを眺めた時、丸で囲まれた大の字を見て「これだ!」と思われたのですね。同時に「○」に表される宇宙、「大」に表される「一」と「人」、そして「天下第一の商人」というコンセプトが閃いたならばそれは希機というもの。ふとしたアイデアの発露はその後300年に渡って社を象徴する商号として掲げられ続けるのですから。

 

 

 

 

あの日心斎橋で大丸の看板を見て、「あれって大きいよな」と思っただけなんですけどね。そんなふとしたキッカケから今回長谷川様とメールのやりとりをさせていただき、また貴重な情報をご教示いただいて・・・純粋に凄く嬉しかった。そして300年前、下村さん宅の柱暦にあった大の字が丸で囲まれていたことと、僕が今嬉しいことは関係なくはないんじゃないか。実はめちゃめちゃあるんじゃないか?と思うのです。下村さんもまさか300年後に大丸の丸がどうのこうの言われているなんて思ってなかっただろうな・・・。不思議だ。なんなんだこの感覚は・・・?と今度は大マルならぬ大ハテナが僕の頭に浮かんでいるのであります。下村彦右衛門さんのように閃いてハタと手を打ち、すぐ様思いつくその答えを書き記したいけれどそうはいかない。なんだこれ?キーボードを前にただ考えるっていう、今そんな感じです。

 

 

 

 

あ~もう、大丸大好きになった。

 

 

 

 

 

 

最後に、僕の突拍子もない質問に懇切丁寧にご回答くださいました大丸・大阪心斎橋店のPR広報担当 長谷川眞之様に心から感謝します。本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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