唐木俊介の雑感配信ブログ

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ランボー

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高校1年生の頃でしょうか、「友達が知らないバンドやアーティストを知っているのがカッコいい」みたいな謎の価値観がありまして、なんかアイツは詳しいぞ的オーラを身に纏いたくて色々なCDを聴きまくったりしていました。もう曲が良いかどうかなんてよくわからないけれど、とにかく借りては聴きまくる。やがてこのスタイルがミーハーの一部に属すことに気付いてから熱は冷めていきました。

 

 

その後大学に入り、今度は別のジャンルでそういう熱に少し触れました。それは文学。僕は大学に入るまで全然小説なんて読まなかったから、小説ってこんなに面白いのかといろんな本を読み漁りました。大学に入って最初に自分で買って読んだのは辻仁成の「ニュートンの林檎」という小説でした。ジャケ買い的になんとなく手に取ったのですが、ラッキーでした。面白かったから。・・・その作品をキッカケに僕は読書にハマって、日本人作家の小説を中心に目に留まるものを端から読んでいったのでした。

 

 

そうすると今度は、元々読書が好きな所謂「文学青年」たちと話が合うようになるのです。授業の合間とかクラスの飲み会なんかで「なんか、たまに図書館にいるよね?」みたいなところから会話が始まる。「何読んでんの?」と。その時読んでいる本の名前を言うと「ああ、**か、じゃあ○○は読んだ?」とか言ってくる。あ、これはアレだ。例のやつだ。どれだけ知っているか的なやつだ。ミシマは?バルザックは?ドストエフスキーは?ああ、まだか、まだなら読んだ方がいいよ。

 

 

いや、俺は今ムラカミハルキ読んでるから・・・なんて思いつつ村上春樹の作品を読んでいると、作品の途中でドストエフスキーとか出てくるわけです。アイツが言うてたやつやな。・・・あ、また出てきたドストエフスキー。まさに「やれやれ」です。よし、今度読もう・・・。とそうやって仕方なく(?)「罪と罰」とか読む・・・するとこれが結構面白かったりする。長く難解な話かと思っていたら、意外と読める。それにしても、若者が老婆の頭を斧でかち割る作品を世界中の人々が賞賛しているのか・・・なんて驚いたのを今でも覚えています。

 

 

文学青年は沢山いました。もう本をムシャムシャ食べて生きてるんじゃないかっていうやつもいた。中でも強烈なのがいて、飲みの席で「おい、ランボーは好きか?」と聞くのです。彼が言っていたのはフランスの詩人 アルチュール・ランボー の事なのですが、僕の頭の中にはシルベスター・スタローンしかいません。それを伝えるとそいつは真顔で「詩人のランボー、マジで読んだ方がいいぞ」と言う。「いや、だからスタローンはええわ~」なんてふざけていると少し怒りだす。おいおいオマエが怒りのアフガンになっとるやんけ~なんてツッコむとさらに怒りのアフガンで・・・なんてことがありました。

 

 

数日後に大学の図書館で「ランボー全詩集」というのをパラパラと捲ったけれど、まったく意味が解らなかった。もう、まったく・・・これはダメだと思いましたね。今から17年くらい前の事です。

 

 

 

 

 

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つい先日、17年前にちんぷんかんぷんで棚に戻したランボーの詩集と同じものを地元の図書館で見つけたので借りてみました。今なら読めるかもしれない・・・ほんで、ちょっと読んでみると、やっぱり何も解らん。ダメなもんはダメか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも17年前にこのページを見開いていたら少しは印象違ったかもな。

 

 

 

 

 

いや口悪いな~!!! 何回ブス言うねん・・・。まあ訳し方もあるけれど・・・。

 

 

 

アルチュール・乱暴。

 

 

・・・ついこういうの、言うてまう・・・17年経っても何も変わらぬ自分、嗚呼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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