近隣の瓦礫の中から使えそうな材料を集めてバラックを建てると聞いていたが、実際に藤田さんのところへ来てみると、ほとんど材料は揃っているようであった。そればかりか、純の一家が住み込むための建屋は、骨組みも出来上がった状態になっていた。
「こっから先は自分でやってえ。道具はここへあるもんを何でも使やあええけえ」
「はあ、ありがとうございます」祥雄の口調が、丁寧になっている。純はなぜか、少し情けない。
「あ、ほいじゃが、あっこへ置いとる紺色の道具箱と、壁にかかった釘袋の道具はミノルさんのじゃけえ使わんようにしてえの。ありゃあ細かいんじゃ。柳刃やら自分で研いで使うんじゃけえ」
「はあ。いろいろすいません」
ミノルさんは、古くから藤田鈁工店で働いている板金職人である。見た目にはわからないが、藤田さんとのやりとりを見ていると、どうも藤田さんよりも年上のようであった。
「ほいでのう、風呂釜を隠しとるけえ。あんたの家の風呂よ。瓦礫を積んでわからんようにしとるけえ、みな剥がしてからのう、大八車で引いて帰ってえ。セメンをちいと残しとるけえ、これで壊してから持って帰りい」
「ああ、風呂はドラム缶でええか思いよったんですが」
「ドラム缶はいたしいわ。ありゃあ狭うて深いけえ入るんがいたしいんじゃ。なあに、釜があるんじゃけえ持って帰りゃあええじゃないの。拵えるんは手伝うちゃるけえ」
「はあ、すいませんのう」
藤田さんは大きなハンマーと先がヘラのようになった鉄の棒を祥雄に手渡した。
「純も一緒に行けえの。釜は重たいけえ、気をつけえよ」
原爆投下からおよそ半年が経っていたが、広島市内は依然、そのほとんどが壊れ果てたままであった。人々は焼け残った物資を集め、あちらこちらにバラックを建てた。家々の境界線が無くなった場所では、どさくさに紛れてロープを張り、自分の名を書いた看板を立てて陣取りをする者もいた。他人の家の残骸から物資を盗み出す者も多くいた。藤田さんは純の家の風呂釜が盗られないように瓦礫を積んで隠してくれたようだ。他にもバラックを建てるために使えそうな材料を見繕い、運び出してくれたという。
「なあに、ケンスケを探しにずうっと市役所へ行きよったんじゃ。帰り道じゃけえ。あんたがおるか思うて、ぼちぼち寄りよったんよ」
「はあ、ほんまに、ありがとうございます」
祥雄は何度も頭を下げた。「ほいなら、行ってきますわ」
*
「セメンをはつるけえ、お前はちいと休みよれ」
父は風呂釜の回りのセメンを叩き割り始めた。
純は手持ち無沙汰になり、裏通りを西へ駆け出した。
オカモトの家は、片面の壁が崩れて屋根が傾いたまま、誰も手をつけていない様子であった。瓦は全て剥がれ、散らばっている。壁に直接描かれた「岡本荒物店」という文字が、掠れた状態で残っている。売り物であろう、割れた食器やザルなどが散らばったまま、埃を被っている。
オカモトにはもう会えないかもしれない。純はなんとなく思うのであった。
*
父親が引く荷車を、純は後ろから支えて押した。数枚のトタンの上に、風呂釜を逆さにして載せている。白島から牛田までの道のりを、二人はゆっくりと進んだ。およそ半年ぶりに白島に帰ったが、純が知っている顔は一人もいなかった。
「まだまだわやくそじゃのう。どこも手付かずじゃ」
「うん。なあ、とうちゃん」
「なんなら」
「オカモトの家もつぶれたままじゃったわ」
「ほうか。ありゃあどうしよるんかのう。ピカくろうとらんいうて言いよったろう」
「わからん。だれもおらんかった」
「ほうか。見て回ったんか。まあまた学校へ行ってみい。学校へ行きゃあおるかもしれん。おい、橋を上るけえトタンが滑らんように押さえとれ」
「うん」
オカモトは、生きているのか。トミコは、クボタは。純は、知るのがこわい。
「みな死んでしもうたんかのう。ケン坊もどっかで焼いてもろうたんじゃろう。わざわざ調べりゃせんもの。どれが誰じゃいうて、わかりゃあせんわい。藤田さんが言いよったがのう、ついこの前までそこらじゅうで死体を燃やしよったそうな。どっどんどっどん死ぬるんじゃけえ。河内じゃあそがあなこたあないが」
純はふいに吐き気を催した。人間が燃えるにおいを思い出したのである。皮膚や肉から立ち上る煙はどうということはないが、臓物が燃える時の臭気は耐え難いものであった。
「ほいじゃがのう、ぴい」
父親が何か言ったが、近くを通り過ぎた三輪トラックの音で聞こえなかった。
「なに」
「なんがあ」
「さっきなに言うたん。聞こえんかった」
「人燃やしよったいうて」
「そのあとよ」
「は。何も言やあせんわい。おい、下るけえこっちへ来て押せえ」
純は祥雄の横について、荷車を押さえながら神田橋を下った。
満潮の京橋川を、澄んだ水が悠々と流れている。川面がきらきらと光って、まぶしい。
--続く--