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2025年10月

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10/1(水)

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と聞くと、麦畑の真ん中で古田敦也が構えている絵が思い浮かぶ。もしくは達川光男。なお、達川氏と私の母は中学の時同じクラスであった。

さて、10月である。涼しい。過ごしやすい。今日は9月の日記に届いたメッセージに返信。ありがとうございます。

 

10/2(木)

万博があと10日ほどで終わるようだ。結局行っていない。友人Tは今週末行くそうだ。万博の会場を引きで撮って「今日は庭を開放しています」とツイートすればウケるぞと伝えておいた。

 

10/3(金)

Youtubeでゴリラがバナナを食べる動画を見た。綺麗に皮を剥いてから食べている。人間のように縦に剥くのではなく、バナナを横に持って器用に実だけを取り出して食べている。しかし皮を剥くとは。ほぼ人間じゃないか!と見入っていたら最後に握っていた皮を一気に食べた。食うんかい。

 

10/4(土)

開店と同時にオートバックスでヘッドライトのバルブ交換。光量が減ってチラつきが気になっていた。と、その足でディーラー車検。まさかのボールジョイントのブーツがヒビ割れ。痛い出費であった。

街角のクリエイティブを開くと、記事が満載である。少し日が開くとあっという間に未読記事が貯まっている。トップに出ている田所敦嗣さんのエッセイ「やさしさの残像」がたまらん。

 

10/5(日)

早朝と夕方に1時間ずつ出勤するという変則的な1日。間で次女の部活の送り迎えをこなした。

「刑務所のルールブック」を観始めた。

ZOZOで小物を物色していたら横から奥さんが「もうすぐ誕生日じゃん。プレゼントするよ。好きなの選んでカートに入れといて」とiPadを渡してくれた。嬉々として気に入ったアイテムをカートに入れ、iPadを返した。30分くらい経ってメールが届いた。見ると私のクレジットカードで決済されている。効率が良い。

 

10/6(月)

今日からノーベル賞の発表である。私は7日、9日、10日の3日間は一応空けている。それぞれ物理学賞、文学賞、平和賞の日である。今年は去年までの経験を活かして携帯の電源を切らず、マナーモードにもしない。コンビニにも行かない。

 

10/7(火)

最高気温30度。10月7日である。完全におかしい。これから夏になりそうな勢いである。また大黒摩季が歌ったに違いない。最近読んでいる万城目学氏のエッセイに「現在、日本における最高気温は岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市が持つ四○・九度だ。」とある。この本が書かれたのは2008年である。17年が経った今年、全国6都市で41度超えが観測された。最高気温は群馬県伊勢崎市で観測された41.8度であった。この先どうなるのか。気温を測るのをやめる以外に解決法が思いつかない。

 

10/8(水)

Y老師はURLの頭の「http」を「エイチテーテーピー」と言う。

Dのことを「デー」と言うのは分かる。しかしTのことを「テー」と言うのは分からない。テーて。

 

10/9(木)

ノーベル文学賞が発表された。今年はハンガリーのラースロー氏であった。私は平和賞だろうか。

 

10/10(金)

最近ではネットで何かを検索すると、必ずページのトップにAIによってまとめられた概要が出てくるが、かなりの確率でやかましい。

 

10/11(土)

3時に起きて鳥取へ。目当てのポイントを高台から見下ろすと、思い描いていた通りの美しい畝りが押し寄せていた。眠気吹き飛び即入水。10時に上がり、バナナを食べてまた入水。12時過ぎに上がり、仮眠をとってまた入水。日没後、海面がピンクになる瞬間を見届けるまで海の中にいた。朝から晩まで、ただひたすら多孔性配位高分子のことを考えていた。ノーベル化学賞のアレである。海面から見上げれば迫り上がる波頭。迫り上がる波頭といえば北斎。北斎といえばプルシアンブルー。プルシアンブルーといえばセシウムイオン吸着剤。セシウムイオン吸着剤といえば多孔性配位高分子である。終日良い波であった。

 

10/12(日)

7時から公園清掃。帰って風呂とトイレの掃除。身内の見舞いから食材の買い出し。サーフィンしすぎてバキバキだった身体が程よく解れた。

昼過ぎに久さん来訪。我が木工の師匠である。オーダーしていた組子のランプシェードを据え付けていただいた。四柄八面体のフルハンドメイド。井桁、麻の葉、子持ち菱。檜材を棒状に切り分け、鉋で1.7mm厚ジャストに削り出した無数の微細なパーツが緻密に組み込まれている。家族一同、その細やかさに唖然。劇的に昇華された雰囲気の和室に佇み、ひと言もなく、ただ口をあんぐりと開けて、ひたすら眺めるのみであった。

 

10/13(月)

なんと、田中泰延さんがラジオパーソナリティとして活動されるとのこと。しかも今日から。15時40分からリアルタイムで拝聴。グルメ杵屋の椋本社長が最初のゲスト。毎日の楽しみができた。

 

10/14(火)

先日、海上がりに食べたガリガリ君が美味しくて奥さんにリクエストしていたのだが、今日仕事から帰ると「ガリガリ君買っといたよー」とのこと。狂喜乱舞で冷凍庫を見ると、箱買いだからか、コンビニで売られている平べったい形ではなく、1本が細い。これが本当のガリガリ君である。

 

10/15(水)

久々のウチヤマダフーヅ朝礼。本日は本業の食品に関するお話であった。

ところで、日曜の島根沖は波高3m周期9.7secと言う予報である。TheDayの予感。

 

10/16(木)

ジムの隅に「ブルブルマシン」なるものがある。その上に立ってスイッチを押せば足元の台が高速で振動し、身体がブルブルと震えるというものである。ぽっちゃり体型のおじさんがその上に乗って、ずっと揺れていた。

 

10/17(金)

夕方、娘たちがハロウィンに向けて仮装の準備をしていた。天使の羽根やクラウンなどをネットで物色して楽しそうだ。「パパも何か仮装しよっかな」と会話に加わると「パパはいいでしょ」と次女。「うん、パパはいい」と長女。近所の子どもだろうか、窓の向こうから二重跳びの音が聞こえた。

 

10/18(土)

早朝からBeforeDawn拝聴。今週も心身がホロホロにほぐれた。

夜は実家ですき焼き。すき焼きの語源には諸説あるが、どうでもいい。テレビを見ていた父が「浅田真央はホンマに、子供の頃から全然顔が変わっとらんのう」と言う。見ると幼少期の芦田愛菜がマルマルモリモリを歌っていた。細かいことは気にしないDNAなのかもしれない。

 

10/19(日)

島根某所、北ウネリ。北東のオフショア。狙っていたビーチブレイクが炸裂。夜明けから昼過ぎまで休憩を挟みながらひたすら波に乗った。常時数人、終始極上の波であった。インサイドまで攻めて大いに巻かれ、ウェットスーツの中は砂だらけになった。耳をほじるとジョリっと砂が出る。もう限界、これ以上は身体が動かない。当分海はいいや。という状態までやり切って、さっき家に帰ってきた。早く海に行きたい。

 

10/20(月)

街角diaryの田中さんの記事にこんな一文があった。

「人は、かなり器用に、束になった糸のような記憶を手繰り寄せ、ああ、この色の糸だったか、この繋がりだったかと思い出し、結んだり、編んだり、時には切ったりしている」

学生時代に書いていた日記帳を広げると、今日はどこへ行った。誰と何をした、と、その日の出来事が細かく書かれている。それもいいんだけど、書くべきはそういうことだけじゃないんだよなあ。と、今になって思う。自分の身に起きたことを振り返るのは、いつでもできるような気がしている。宇野千代が「生きて行く私」を書いたのは86歳の時である。

 

10/21(火)

急激に気温が下がった。寒い。オイミャコン村くらい寒い。

さて、高市早苗氏が総理大臣になった。最近はノーベル賞も総理大臣も、私のいないところで決まっていく。そういう時代なのかもしれない。

 

10/22(水)

朝起きて食卓につくと、家族が「おめでとう」と手作りのプレゼントをくれた。今日で45歳である。メッセージカードや折り紙で作ったお守り、いつでも使えるマッサージ券など。ありがたい。寒い朝。ぽっ。と、あたたかくなってそのまま、ずっとあたたかい。次女が「人生半分くらい生きたんじゃない?あと何本波に乗れるのかな」と言う。ふむ。海に行く回数は年に40回くらいか。しょうもないライディングも入れれば1日に50本として年に2000本、70歳までやったとして2000×25だから、、、「50000本!」と顔を上げると誰もいなかった。

そして今日はウチヤマダフーヅ朝礼。いつになく、ほぼ正拳突きの内容であった。押忍!

 

10/23(木)

午後から広島市内へ。新幹線の中は10人中8000人が外国人旅行者であった。ところで外国人旅行者のキャリーケースは、なぜあんなに大きいのか。みんな軽自動車くらいのキャリーケースを持っている。夜はあの中で寝るのだろうか。

読み始めから全くわけがわからなかった鈴木志郎康の詩集を読み終えた。巻末の散文「浴室にて鰐が」も全て読んだ。たしかに序盤はわけがわからなかったが、中盤から終盤にかけては意味がわからなかった。

 

10/24(金)

熊に襲われたというニュースが毎日流れている。猛烈な勢いで駆除する必要がある。「駆除するのはかわいそう」という意見があるようだが、なぜそんな思考になるのだろうか。人間は、人間の都合に合わせて生きるしかないのである。「動物愛護」や「環境保護」など、全て人間の都合である。自分たちに害を与えない動物を愛し、程よく手入れされた緑の中で生きたいという拙い希望なのである。「自然との共生」など人間が言うことではない。人間は自然の一部なのである。人間には創り出せない、人間を含めた自然を創り出した地球の方が、人間より遥かに偉大である。その地球を創り出した神はさらに偉大。その神よりも偉大な存在が私なのである。

 

10/25(土)

久しぶりに自分の屁で起きた。幸先が良い。今日は車にルーフボックスを取り付けた。ボックスにサーフボードを積むことで、車中泊を快適にするためである。オートバックスに車を持ち込むと作業に3時間かかると言われたので、車を預け、ジムまで歩いた。全身ウェイトからのスイム1500M。風呂でリラックス。そしてまたオートバックスまでウォーキング。柳家小さんの大工調べを聴きながら歩いていたのだが、オートバックスに戻って車を受け取る時にBluetoothが車のオーディオに繋がってしまい、あたり一面に政五郎の啖呵が響いた。危うくピットスタッフの道具箱を受け取るところであった。

 

10/26(日)

朝から友人が営む自然農園へ。カゴいっぱいの愛宕柿をとらせてもらった。帰宅後は毎年恒例の干し柿仕込みである。皮を剥き、紐に吊るしてサッと湯通しして小屋の天井に吊るす。干し柿作りも今年で5年目。作業も慣れたものである。

冬用のウェットスーツをオーダーした。5ミリ×3ミリの裏起毛、表生地はオールジャージ。強風の際はラバースキンよりも若干寒さを感じるかもしれないが、動きやすさを重視してジャージ素材にした。1ヶ月ほどで届くだろう。通勤や近所のスーパーに行く時など重宝しそうだ。

ところで明日、トランプ氏が日本に来るらしい。まだ連絡はないが、一応掃除機をかけて布団も干しておく。羊羹とか好きかな。

 

10/27(月)

BeforeDawnで高橋久美子著「いい音がする文章」が紹介されていた。現代版文章読本。何度も読み返している。学校の教科書になればいいのにと真剣に思う。

 

10/28(火)

簡単に終わりそうだと思っていた仕事に限っていざ始めてみるとなかなか終わらない。逆になかなか終わりそうにないと思っていた仕事ほど始めてみるとなかなか終わらない。

夜、Twitterでお世話になっていた嶋津さんと久しぶりに話した。およそ1年ぶりである。楽しい。あっという間の1時間であった。しかし机に置いた電話機に向かって喋るというのはどうも慣れない。完全に挙動不審である。驚異的な打率で訳のわからない相槌を打った。

 

10/29(水)

スミスマシンでスクワットをしている時に屁が出そうになり、我慢していたのだが、もしも今、腰を落とした状態でプゥッと屁が出たら、と想像していたらおかしくなってきて70キロのウェイトが5トンくらいの重さになった。筋トレとしては効率が良い。しかし、もしあそこで屁が出ていたら、ガス噴射の反動で5トンのウェイトを持ち上げるどころか、そのままジムの天井を突き破っていたであろう。我ながらよく我慢した。

寝る前にウチヤマダフーヅ朝礼。訓示の最後、社長は満たされたご様子であった。『冷麺賛歌』を観なければ。

 

10/30(木)

ジムの懸垂マシンの向かいはスタジオプログラム用のホールである。私が懸垂に勤しむ目の前では、ハロウィンイベントで派手な仮装をした常連さん達がダンスプログラムに臨んでいた。そのほとんどが50代〜60代と思われる。それぞれが思い思いの仮装でフンフンと踊っている。中にひとり、マイケルジャクソンに扮したお爺さんがいた。スリラーのジャケットにビリージーンのハット。組み合わせがややバッドである。

 

10/31(金)

H先生との打ち合わせのため有給休暇。長く取り組んできた問題も早ければ年内には解決しそうである。

今日は21時に寝て、1時から高知へ向かう。南西部は2m弱の南東うねりに緩いオフショアの予報。夜明けとともに入水である。

 

10月が終わった。

 

 

 

 

 

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