唐木俊介の雑感配信ブログ

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ミラノ

更新日:

 

 

 

 

 

 

とあるオフィスビルのトイレ、一人用の狭い個室、スイッチはここにしかない。わかりきっていることを、なぜ教えてくれるのか。これは怪しい。押せば上からタライが落ちてくるのかもしれない。

 

 

 

ポチッ…と押すと、電気が消えた。作者の意図はわからない。そのまま外へ出た。

 

 

 

 

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スイッチといえば、時々、急に掃除をしたくなる。わりと綺麗好きで、整理整頓はできている(自分で言うな。いや、でもできているのだw)ので、僕が言う掃除というのは整理整頓の"片付け"ではなく"掃除"…洗剤をつけて拭いて…という方だ。水道の金属部分の水垢なんかを見たら時々急にスイッチが入る。家中の水回りをはじめ、奥さんが気になっているところも聞き出して片っ端から徹底的にやる。先週の日曜日はいつもに増して掃除熱が高まって、水周りにとどまらず家中を掃除した。その中で自分の洋服や本などの持ち物も洗いざらい整理したのだった。

 

 

作業も落ち着いた夕方、自室でデスクの中身を整理していると、昔の日記帳などに紛れて、1冊の小さなメモ帳が出てきた。

 

 

 

 

これは大学を卒業する直前に行った、イタリアの旅の記録だ。

 

 

 

 

ローマ シエナ フィレンツェ ラベンナ ベネチア ミラノ トリノ ピサ ローマ というのが、その旅のルートだった。イタリアのローマ以北を1周するコース。大きなバックパック一つに荷物を詰め込んだ。格安航空券が手に入りそうだという情報を聞きつけてから急遽準備したので、下調べは殆どしていなかった。当時はスマホなど無かった。ガイドブックをどうしようかと悩んだ僕は、近所の本屋へ行ったが「地球の歩き方」というザ・日本の旅行誌みたいな本しかなくて、どうも買う気になれなかった。なんだろう、日本語表記が嫌だったんだろうか。その頃の僕には「レコードは洋盤しか買わない」とか、そういう変な拘りがあったのだけれど、その一種かもしれない。結局僕は行きのトランジットの際、クアラルンプールで「Lonely Planet」という海外版「地球の歩き方」のイタリア編を買った。どうせ旅先で世界中の人と英語でコンタクトするわけだし、飛行機に乗る前から頭を英語に切り替えた方が良い。ゴリゴリ英語を読んで英語で物事を考えるのも海外旅行の醍醐味だろう。

 

 

 

 

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その前の年、イタリア、フィレンツェが舞台となる辻仁成と江國香織の共作「冷静と情熱のあいだ」が映画化され、大ヒットした影響もあってか、行く先々で日本人女性(たぶん大学の卒業旅行)の姿が目立った。特にフィレンツェのドゥオモのてっぺんに行った時には驚いた。そこは日本かと見紛うほどに日本人が沢山いたのだ(春のイタリアはいつもこうなのか?)。さてこちらはバックパックひとつ、宿は1泊15ユーロほどのユースホステル。貧乏旅行、ヒゲ伸び放題、髪ボーボーで身なりは酷く、同じ卒業旅行といえど、アイツらなんかちょっと違うよなぁと、腰掛けたベンチからキャッキャとはしゃぐ彼女たちを眺めていた。

 

 

 

・・・と、こちらを見ながらコソコソと話している日本人女性二人組。ん?何やら僕の方をチラチラ見ては話している。じっと見ていると、やがてそのうちの一人が僕の所へ来て・・・、

 

 

 

「ピ、ピクチャー、オーケー??」

 

 

全く失礼な話だ。オーマイヘイメンアイアムジャパニーズ。

 

 

とは言わず「大丈夫ですよ~ボク、日本人ですよ〜」と写真を撮った。そんな、ちょっと(向こうも)ビックリするようなこともあった。

 

 

 

その他にも沢山、驚くことがあった。大きな声では言えないけれど、初日に電車などの交通機関でいちいち検札されないということが分かってから、キセル乗車を繰り返していたこと。そしてその数日後にフィレンツェで乗ったバスの中でキセルがバレて罰金40ユーロを支払ったこと…そんな己のどうしようもないバカ加減を、15年前の自分が粗雑に記録している。

 

 

 

 

 

 

いや、旅の中では街の美しさや建築の荘厳さ、歴史・芸術・文化に対する感動など、もちろん沢山のことに驚いたのだけれど、そういうのは僕が書いてもしょうがない、いや書けない。というわけで、くだらないけれど記憶に残っていることを書く。

 

 

 

 

 

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僕はその旅で、人生初の体験をした。遅ればせながら、だ。それは僕の精神と肉体の健全性に関係する、とても重要なことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

便秘だ。

 

 

 

僕は便秘になった。

 

 

 

それまでの人生、便秘とは無縁だった。テレビで便秘薬のCMなど見ても何とも思わなかったし、その中で出演者が訴える苦しみなど全く理解できなかった。そんな僕に人生初の便秘症状、これはキツかった。久しぶりの海外で、確かに食事は偏っていたかもしれないけれど、物理的にお腹に入りきらないくらい食べたり飲んだりしているのだから、いつものように出てもおかしくないだろうに・・・。

 

 

 

がしかし、出ない。メモによると、少なくともベネチアからミラノへと動いた3日もの間、出ていない。腹と尻の間あたりがズシンと重く、じれったいというかなんというか、妙な感覚だったのを今でも覚えている。今37歳の僕が、便秘に苦しんだのは後にも先にもその時だけだ。その症状が気になり出してからというもの、僕は事あるごとにビールや水を飲み、お通じが来るのを待った。ただ悲しいことに、どれだけ待ってもその想いが通じることはなかった。

 

 

 

 

やがて僕はミラノに辿りついた。予約なしでレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を観ることができて嬉しかったとメモしてある。上の写真の"The Last Supper" 云々というのがそれだ。現在はどうだか知らないけれど、僕が行った時「最後の晩餐」は15人くらいずつ客を区切り、専門のガイドが教会の中を案内して回る、そんなシステムだった。いくつかの団体が並ぶ中、僕は自分が一人であることを主張して、10人ほどのアメリカ人の団体客の中に混ぜてもらったのだった。「最後の晩餐」は教会の奥の部屋の壁一面に掲げられていて、それを見た僕の最初の感想は「デカい」だった。なんというアホな感想…とその時思ったのを今でも覚えている。テレビや教科書で見たことあるあの絵だ。デカっ!…とそんな感じだ。ダヴィンチ独特の構図、色彩やタッチがどうのこうのなどとは1ミリも思わず、あっ、デカっ!とこれだけだ。しかも「最後の晩餐」を目の前にして、神秘よりも便秘…ちなみに俺の最後の便通は…などとしょうもないことを考えているのだから、目も当てられない。・・・なんて言っているうちにすぐに制限時間がやってきて、僕は教会をあとにしたのだった。

 

 

 

 

さて、人間の身体というのは不思議なもので、いくら便秘でも腹は減る。美術館を出た僕はその足で近くのマクドナルドへ行った。そんな、日本で食えるもん食っても意味がないだろうと自分に言い聞かせながら旅をしていたので、ファーストフードチェーンには入らないようにしていたけれど、その時はなぜか無性にハンバーガーが食べたくなって、僕は看板のMの字を見るなり、吸い込まれるようにそこへ入っていった。ハンバーガーを注文して、それを窓際の席で食べた。バックパックを置くのにちょうどいいスペースが窓際にあったのだ。久しぶりに食べたマックのハンバーガーが美味すぎて、僕はもうひとつ買おうと席を立った。当時(今もか?)のイタリアではスリや置き引きが多く、僕は行く先々で自分のバックパックをワイヤーチェーンで固定していた。自転車を施錠し、3桁の数字で開錠する例のチェーンだ。その時もカウンターの脚部に自分のバックパックを繋ぎとめて盗られないようにしてから、カウンターへハンバーガーを買いに行った。そして数分後、席に戻ってそれを食べている時のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、きた。

 

 

 

 

 

 

 

きた。ズンときた。急激にきた。僕は食べかけのハンバーガーを置いて、トイレに駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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***。

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こうして僕はミラノのマクドナルドで、人類史上に燦然と輝く芸術的解放を記録した。

 

 

 

 

 

 

全ては、終わったと思った。

 

 

 

 

 

その後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

ない。

 

 

 

 

 

 

・・・なんだよ、紙がなかったのかよ。

 

 

 

 

 

と思われた方も多いだろう。

 

 

違う。

 

 

紙はある。

 

 

ないのは、

 

 

 

 

 

 

 

レバーだ。

 

 

 

 

 

水洗レバーが、ないのだ。

 

 

 

 

 

一連の儀式が終わってジーンズを履き、ベルトも締めていた僕はその場に立ち尽くした。水を流すレバーが無い。そしてそこには完成したばかりの作品だけがある。

 

 

 

 

 

・・・と足元を見ると、何やら黒くて丸いボタンのようなものがある。床の一部に貼られている金属の板の上に、クイズ番組の早押しボタンみたいな、丸い形状の黒いものがあるのだ。

 

 

 

 

 

ああそうか。これを踏めば流れるのか。よし、解決。というわけで、僕は水を流そうとそのボタンを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

「スン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さく 「スン」 と音がした。誰かが小さな声で「スン」と囁いた、そんな音だった。

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

僕はもう一度、今度は少し強めにそのボタンを踏んだ。

 

 

 

 

すると、

 

 

 

 

「スン」

 

 

 

 

と、また小さな音が聞こえた。ただそれだけだ。水は、まったく流れない。

 

 

 

 

 

ふいに「コンコン」とノックの音が聞こえた。誰かが来た。順番待ちの誰かが。

コンコン、と僕も内側からノックした。そして黒いボタンを踏む。ぬっ。

 

 

 

「スン」

 

 

 

いや「スン」じゃない。流れろ。もう一度、ぬっ。

 

 

 

「スン」

 

 

 

・・・・。

 

 

 

ん?長押ししてみようか。ググッ・・・。

 

 

 

「スン」

 

 

 

ノックが激しくなった。嗚呼・・・内側からリノック。

 

 

 

 

今度はゆっくり踏み始めて最後にグッと踏んでみる。・・・グウッ。

 

 

 

 

スン」 

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

 

 

 

やがてドアの外で男数人がパラパラ言い出した。イタリア語はわからない。なんかパラパラパラパラと喋っている。「どうしたんだよ」「いや中のやつが全然出てこねえんだよ」とか、そんなことを言い合っているに違いない。またノックだ。激しい。・・・いや、ノックもさることながら僕の鼓動もかなり激しい。それは感じたことのないプレッシャーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの人生でこの時ほど焦ったことは、ない。

 

 

 

 

僕は踏んだ。足元の黒いボタンを何度も踏んだ。それ自体がぐらつくほどに何度も繰り返し踏んだが、びっくりするほど何も起きなかった。流れてほしい水は1滴も流れることなく、時間だけがノーチェ川の激流のごとく轟々と流れていく。事態は深刻を極めた。人間、極限状態に陥ると何をするかわからない。僕は手洗いの蛇口を捻った。水がチョロチョロと流れた。すぐに蛇口を閉めた。次に壁を見た。ボタンを押した。壁にあった四角いボタンだ。パチンと押したら、室内が真っ暗になった。すぐにもう一度押した。電気が点いた。外では相変わらずパラパラ言っている。コンコン・・・嗚呼・・・押した。今度はその電気のスイッチプレートを固定している、ネジだ。これは本当の話だ。僕は電気のスイッチプレートを壁に固定しているネジの頭を親指で強く押したのだ。狂気の沙汰とはこういうことだ。ネジの頭を押して水が流れるわけがない。気が狂ったか?と誰もが思うはずだ。その通り、その時の僕は気が狂っていて、理性も思考力も、全てを失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンコンコンコン!!

 

 

 

・・・と、直後に聞こえた早めの連続ノックで僕は我に返った。

 

 

 

ボタンは、たぶん合っている。

 

それを踏めば、水が流れるのだ。

 

しかしそれは、壊れている。

 

水は、流れない。

 

それだけは、わかった。

 

 

 

僕は考えた。トイレットペーパーで自分のナニガシを入念に覆いながら考えた。なんなんだこれはそもそも故障しているのが悪いんじゃないのかどうして利用客の俺がこんなに困らなければならないんだただ普通にウンコしただけじゃないか東京からミラノまでやって来てなんでこんなことで時間を使わなければならないんだまったくしかしどうする俺これからどう動くブツブツ・・・

 

 

 

 

 

 

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ドアの外には二人の男が立っていた。飛び出してきた僕を見て「遅えよこの野郎!」的なことをまたパラパラと言っていたんじゃないかと思う。知らない。僕は秒速でその場を去った。混んでいる店内を駆け足で移動している時、後方から「オーマイガーッ!!!」的なイタリア語が聞こえたような気がした。知らない。後ろを見るな。行け俺。・・・と自分が座っていた席に戻り、バックパックを担・・・げない。それはワイヤーチェーンでカウンターと繋がっているのだ。オーマイガーッ!!!とは言わない。黙って カチカチカチカチ…と番号を合わせて開錠した。僕は飛び出す前に一連の身のこなし…例えばどちらの手でバッグの肩紐を持ち、どう身を翻して外へ出るかといった細かいところまで頭の中でイメージしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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あんなに走ったことは、ない。

 

 

 

僕は走った。ミラノの街を、ただただ走った。

 

 

 

重く巨大なバックパックが斜めに揺れるのが鬱陶しかったこと以外、覚えていないし、メモにも残っていない。

 

 

 

メモによると、その後の僕は、どこかで出会った日本人につきまとわれて困っていたようだ。でもそんなことは忘れた。

 

 

 

 

 

先ほどのメモの、さらに下の部分をお見せすると、

 

 

 

 

ゴミ屑のように汚い字で、

 

 

 

「MILANOのマックでShit流れずそのまま出てしまった クソ罪悪感〜」

 

 

 

と書いてある。多分書いたのはその日の夜だろう。僕はちょっとウマいこと言おうとして、ミラノ郊外のユースホステルで人知れずスベっている。そしてその15年後、自分のメモからその日のことを想起して、今こうして書いている。記憶もまた、流れない。

 

 

 

 

 

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先日、ツイッターのトレンドワードに「#高校生の自分に教えたいこと選手権」というハッシュタグが載っていて、皆それぞれ大喜利的に面白いことを呟いていた。僕はこれしかない。大学の終わりの頃の出来事だったから、高校生の自分に伝えても忘れるかもしれないけれど「数年後、お前はイタリアに行くことになるが、ミラノで、とにかくマクドナルドにだけは入るな」と、全力で伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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