ある日の会社帰り、車の中から月が見えた。西の空に、新月から二日目くらいだろうか、細く華奢な月が光っていた。
写真撮ってみるか。
夕食後、少し休んでからカメラを持って外に出た。車を走らせ、近くの高台へ向かった。ん?
家を出た時からおかしいと思っていた。さっきまで美しく光っていた月が見当たらないのだ。目的地に着いてどの方角を見ても、無い。
スマホで調べると、その日の月はとっくに沈んでいたことが分かった。いやちょっと待て。「沈む」ってなんだよ。まだ22時、夜のど真ん中だろう。なんでこんな時間に月が沈むんだ・・・と画面をスクロールして驚いた。なんと、新月から三日目前後の若い月は、太陽が沈む頃に西の空の低いところに見え出して、3時間ほど経ったらすぐに沈んでしまうそうだ。
えっ?昼はずっと太陽が出てるだろう。夜は月が出てるんじゃなかったのか?と読み進めてもうひとつ驚いた。なんとこれ、小学校4年生の理科で習う内容らしい・・・それらをご存知の方は代わりに「なんだ、オマエそんなことも知らなかったのか」と驚かれたのではないか。しかしこれはラッキーだ。小学校で教わったはずのことを、38歳になって再び学び驚けるんだから、得だ。
さて、どうしよ・・・。
少し遡って1時間ほど前のこと。「寒いからやめときな」と引き止めるウチの奥さんを制して家を出てきたのだった。
***
僕「ちょっと出てくるわ」
妻「えっ?こんな時間にどこ行くん?」
僕「月がめっちゃ綺麗でさ、ちょっと写真撮ってくるわ」
妻「えーっ、こんなに寒いのに?やめとき~」
僕「いやマジで綺麗なんよ。あとで写真見せたるわ。絶対ビビると思うで。じゃ」
***
・・・どうしよ。
これは手ぶらで帰るわけにはいかんぞ…
と、見上げた夜空には沢山の星・・・
車に乗り込み、灯りが無い場所を探した。月の代わりに星空を撮ろうと思った。「星空の写真は街灯が無い暗いところで撮るべし」とネットに書いてあった。まあやってみよう。
と走り出すも、暗い場所が無い。車で30分ほど、近所の公園から、少し離れた山の上の空き地まで。あそこは真っ暗だろう・・・と思いつく所を端から当たったけれど、どこも明るい。もうビックリするくらい完璧に、各所に街灯が設置されているのだ。こりゃ安全だわ日本は・・・いや感心してる場合か。はよ暗いとこ見つけろや俺・・・ああ、ここも駄目か・・・ああ、無い・・・
結局、最初の場所に戻ってきた。街の夜景が一望できる場所だ。綺麗だ。これだ。・・・明るいけれど、星も結構見える。満天じゃなくても、70天くらいの星空は撮れるかもしれない。今日はここで撮って帰ろう。
***
ところがこれが、難しかった。
そこで撮れた写真は、僕が見ていた景色と全然違った。
星、全然写っとらんやんけ。何が70天だ。これじゃ画像拡大しても3天か4天の星空だわw もう全然違う・・・実際は空がもっと暗くて星が沢山見えていて、街はこんなに光っていないのだ。ネットで調べてカメラの設定をあれこれ変えても、全然うまく撮れない。なんだこれ・・・と読み進めると最後に「その場の明るさに応じて調整してください」と書いてある。いやその調整が分からんのじゃ!!と月に吠えたくなった。無いけど。
どうしよ・・・。
帰ろ。
***
「ただいま」
「おかえりー」
「あのさ、月、無かったわ」
「えっ?無かった?」
「いや、もうとっくに沈んどった」
「えっ!?月って沈むん??夜なのに!?」
***
「どうしよ」が「同志よ」に変わった。
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翌日は、雨。
翌々日の夜は晴れていた。西の空に、月があった。
・・・違う。なんか違う。
二日分満ちているのは理解できるけれど、大きさか、色か、あの時見た月と、なんか違うんだよなぁ。もっとこう、黄色っぽくて・・・あと、月って大きく撮ったらなんかボコボコしててアレだなw うーん、なんだかなぁ。
と、ワーワー言うてもしゃあない。月が自分の意思で色や大きさを変えることはないわけで。
月は、ただそこにあるだけだ。
僕が違う条件でそれを見て、ただワーワー言うてるだけだ。
ワーワー。働いた。帰ろ。混んでるな。お!月キレイ!撮るか。ん?無いぞ?え!沈む?小学校の理科?へぇ・・・ほんで次にあの綺麗な三日月が見えるのはいつだ?あの日はなんで綺麗に見えたんだ?次に満天の星空が見える日はいつだ?この近辺でベストな撮影スポットはどこだ?誰も知らない場所を見つけたいな。カメラの使い方も勉強しよ。えらい寒かったな。装備要るな。いろいろ買い揃えるか。外でコーヒー沸かすのもええな。ランタン持ってくか。ワーワー。
ワーワー。
これ、月だけじゃなくて、なんでもそうだ。自分がワーワー言うてるだけだ。
で、それがやめられない。
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