唐木俊介のブログ

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カヌー体験

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パソコンの調子が悪いから見てほしいと言われて、仕事帰りに久(きゅう)さんの家に寄ったら、テーブルの上に30センチくらいの、カヌーの小型模型があった。それを眺めながら「カヌー、面白そうじゃと思わんか?」と久さんが言う。

 

「島根の方に行ったらできるらしいんじゃ」

 

御年70歳、高齢にもかかわらず、ゴムボートに2馬力エンジンを積んで一人で海釣りに出たり、遠方までスポーツカーを運転して旅行したりする久さん、今度はカヌーに興味を持ったか。しかしなぜカヌーなのか。

 

「なんでカヌーなんですか?」と聞くと、

 

 

「わからん」と一言。

 

「なんか、ええじゃないか、カヌーって」模型を手に、久さんは言う。模型は奥さんと車で旅行した時に道の駅で見つけたそうだ。カナディアンカヌーの1/12模型の組み立てキットを買って、途中まで作ったらしい。で、だんだん気になってきたと。少年か。

 

まあ、僕も興味はある。面白そうだ。

 

「僕もカヌー乗ったことないです。確かに面白そうですね」

 

 

 

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…と、その時のことを振り返りながら、久さんと僕は早朝から島根県に向かっていた。うちの奥さんや娘たちも一緒だ。初のカヌー体験。みんなこの日を楽しみにしていた。

 

 

「あの、パソコン直してカヌーがどうのこうの言うてたのが、ちょうど1年前ですよね」

 

「そうじゃ。ちょうど8月じゃった」

 

車は広島県から県境を越えて島根県へ。あと少しで目的地だと思っていたら、到着直前に急な雨。おいおい、勘弁してくれよ。やっと来れたのに。

 

 

 

 

 

この日まで、僕らは何度も打ち合わせして、たくさん準備してきたのだ。

 

 

 

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最初は9月の頭。

 

久「グラスファイバーをFRP樹脂で固めるらしい」

 

僕「それって僕がサーフボード修理する時の方法と一緒ですね」

 

久「おっ、ほんまか。じゃあその時は頼む。まずは1/3模型でテストじゃ。多分10月にはできる」

 

僕「はい。じゃあそこまで頑張ってください」

 

久「うむ」

 

 

9年前に仕事をリタイアした久さんは、のんびり落ち着くどころか、むしろバイタリティが高まっている。いや、これでも落ち着いているのか。久さんが引退した時、僕は末端社員、久さんは副社長だった。一兵卒には分からない難しい問題と毎日戦っていたに違いない。

 

そんな久さん、リタイア後はひたすら木工である。使っていない住宅を丸ごと工房に改装して、毎日ノミやカンナと戯れている。実際に家具の注文も受けて付けていて、僕が工房に行くと、いつも何かを作っている。僕も自分で何か作る時は、久さんにアドバイスをもらったり道具を借りたり、実際の材料を使って実技を見せてもらいながら、そのまま全部作ってもらったりする。

 

 

 

 

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少し日が経って、10月の頭。

 

工房に行くと、1/3模型の台座ができていた。

 

 

この台座を使って、薄く削いだ杉材を貼っていく。下の写真は3枚貼ったところ。3枚目は色が違うけれど、久さんはアクセントを出すためにここだけチェリー材を貼っている。

 

 

これを船底まで貼っていくと、

 

 

 

カヌーが出来上がる。最後の船腹部分の嵌め込みに使った技巧について詳しく説明を受けたが、ちょっと何言ってるかわからなかった。

 

 

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10月下旬。

 

この日はグラッシングだ。ここは僕の出番。ガラスクロスを船体に巻き、硬化剤を混ぜたFRP樹脂を塗布していった。

 

 

ひと通り一緒に作業して、FRPの取り扱いについて共有した。「よし、もうわかった。内側と全体の仕上げはワシがやる」久さん、謎のバイタリティである。

 

 

数日後、LINEが届いた。

 

「樹脂やって、サンディングしたぞ」とのこと。

 

早い…

 

 

 

 

 

さらに2週間ほど経って、連絡してみた。

 

 

「そろそろ本番ですね。工房のレイアウトどうします?大きい機械を端に寄せるでしょ?僕も行きますよ」

 

 

「その前に他の注文を片付けるから、ちょっと待ってくれ。動かしたらテーブルソーとか当分使えんから」

 

 

 

 

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年が明け、工房内を模様替えして作業スペースを確保した。それから少し経って工房に行ってみると、薄く削がれた長尺の杉材が束ねられていた。見ると端から端まで丸溝の凹凸加工が施されている。

 

杉 3000/23/6.5mmの長尺材

両端に丸溝と丸凸の加工が施されている

 

 

あれ?これは長すぎて一人じゃできないから一緒にやる予定だったはずでは?と聞くと「ウチのを呼んで一緒にやった」…奥さんも大変である。

 

 

 

さて久さん、加工した杉材をこれから貼るのである。3mの杉材を組み合わせて全長4m80cm、幅80cmの船体を作っていくのだ。なんと大掛かりな…と考えていると「なあに、貼るのは簡単。すぐ済むじゃろ」と久さん、謎のバイタリティである。

 

 

となると、俺が次に来るのはグラッシングか。しかし本番の台座はデカいな…こんなのグラッシングできるのか?と、スケールの大きさに不安を感じながら工房を出た。

 

 

 

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2月下旬。久さんから連絡があった。

 

「できたぞ。全部貼った。サンディングも済ませたわ」

 

できたのか。

 

 

 

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というわけで、3月初旬、大量のFRP樹脂とガラスクロスを調達して、グラッシングを決行した。

 

朝8時半に工房に着き、車から降りた僕は息を呑んだ。

 

 

 

ドアが外された入り口の、その向こうに何かが見える。

 

 

・・・。

 

 

 

・・・・・・。

 

 

 

でかい。

 

 

でかすぎる。

 

 

確か艇長は4m80cmだったはずだ。

 

 

 

なんでこんなにでかくなったのか?と、実際に組み上がった艇長を聞くと、4m80cm。

 

 

 

そう。4m80cmのカヌーは、でかいのだ。

 

 

 

それにしても、ここまで一人でやったのか。周囲をウロついて、船腹を撫でながら感心していると「おい、やろうや」と久さん。

 

 

「はい。やりましょう」

 

 

 

 

 

外側だけで半日。ここから24時間で完全硬化。サンディングして、もう一層樹脂を塗布。硬化したら次は内側。二人とも樹脂の匂いでラリラリになりなぎゃら一心不りゃんに塗っひゃ。

 

 

久さん曰く、この後のサンディングは地獄だったらしい。1ヶ月ほど経って、防舷材を取り付けた日にも、何度もサンディングの辛さを振り返っていた。

 

 

 

 

 

「もうすぐじゃのう」

 

 

サンディングの合間にパドルも製作。だんだんと完成が見えてきてテンションが上がる久さん、謎のバイタリティである。

 

 

 

 

 

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雨、そろそろ止んでくれ。

 

 

僕らは今日まで沢山準備してきたのだ。LINEで連絡を取り合って日程を決めたり、Googleで「カヌー体験 中国地方」とか検索しただけじゃないのだ。

 

 

たのむから止んでくれ。

 

 

 

・・・・・

 

 

そんな僕らの祈りが通じたのか、20分ほどで雨は上がった。

 

 

そして、晴れた。

 

 

 

予めインストラクターに乗り方を習っていた久さんから、うちの家族一同乗り方を教えてもらい、いざ出船。

 


 

Oh Yeahとしか言いようがない。

 

 

 

*****

 

 

 

 

乗った。みんな乗った。

 

 

ただただ漕いだ。

 

 

 

 

 

 

 

久さんと僕

 

 

 

 

全員ひと通り乗ったあと、僕ひとりで乗った。

 

 

 

 

 

 

無風。

 

無音。

 

ときどき遠くで鳥が鳴く。

 

いい。

 

すごくいい。

 

何がそんなにいいのか、うまく言葉にできないけれど、最高だ。

 

 

 

いや、言葉にできなくても、別にいい。久さんは僕が「なんでカヌーなんですか?」と聞いた時に「わからん」と即答した。「そんなもん理由なんかないわ」と。71歳の久さんだって、わからないのだ。

 

 

 

*****

 

僕が岸に帰ると「わし、行ってくるわ」と久さん。「ちょっと試したい漕ぎ方があるんじゃ」そう言って船を引き寄せ「よっこらしょ」と乗り込み、ひとりで漕いでいった。試したい漕ぎ方て。少年か。

 

久さん

 

 

久さん、謎のバイタリティである。

 

 

「どんだけ元気なんだよ。ほら、ひとりで漕いで、あんな遠くまで行ってるぞ…」と、岸で奥さんと話していると、遠くに小さく見えていた久さんが旋回して、ゆっくりと戻ってきた。

 

 

「ああ、くたびれたわ」

 

 

「そろそろ行きますか」

 

 

 

 

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大体どの施設に行っても、カヌー体験といえば長くて3時間くらいのものだが、僕らの場合は、丸1年。

 

 

なかなか濃厚なカヌー体験だった。

 

(了)

 

 

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